文法を学ぶ意味;英語の「レシピ」

料理方法を書いたものを見ます。
「にんじんは乱切り、玉ねぎはくし形切りにする。」
「油が全体にまわったら、本みりん大さじ2と水をヒタヒタまで加え、煮立ったらアクを取り除き、しょうゆを加え、落とし蓋をして中火で15分煮る。」
ほかにも
「弱火で蒸し焼き」「ごぼうはささがき」「みじん切り」「青ねぎは小口切り」「水溶き片栗粉」「背わたを取る」「あさりの砂だし」
基本的なことばがわからないと料理はできません。でも、それを理解できれば、ほかの料理本を見ても理解ができるようになります。用語はどの本でも共通ですから。


「自動詞」「関係代名詞」「副詞」「時制の一致」「定冠詞」「第二文型」・・・
理解し難い用語かもしれません。でも、それを知っていれば、どの辞書や参考書を使っても、言ってていることが理解できます。用語はどの本でもほぼ共通ですから。


でも、そもそも
「辞書や参考書を見る必要ってあるの?native speakerは文法をわかって話してるの?」という疑問を持つ人がいると思います。

「文法」というのは、「文法用語」のことではありません。文法というのは、「語句と語句を結ぶ規則性」ととらえたらいいでしょう。
その規則性を、native speakerは知らないかというと、「知っています」。文法用語は知らなくても、規則そのものは言語学者よりも知っています。自分で説明できないだけです。言語学者は、native speakerの頭の中にある複雑な「規則」を明示化しようとして研究をしているのです。その明示化の過程で「文法用語」が出てきます。


はてさて、誰にも習わないのに、native speakerはどうやってその「規則性」を頭の中に獲得するのでしょう。

人間は生まれてからずっと、母語を聴き続けます。膨大な量のinputです。それを脳にどんどん取り込んで行きます。そしてその膨大な情報を、自動的に頭の中で整理していくのです。

ひとつの整理方法が類似した語句のカテゴリー分けです。
例えば単語と単語をカテゴリーでくくって、それぞれをネットワークでつなげて行きます。それらの共通性や類似性を見つけて行く作業です。

文法(規則)で言えば、似たような使われ方をする単語同士をカテゴリーでつなげることです。膨大なinputからその使用例を積み重ねて整理して、その規則性を見つけます。そしてカテゴリー分けした別の単語にも同じ規則が適用されるだろうと「類推」します。そして実際に使用したり、人が話すのをきいて検証したりして、それを定着させていきます。そうやって、カテゴリー化と類推を繰り返して、語彙や語法や規則の幅を拡張して行きます。それが母語の言語獲得のプロセスです。それには大量のinputが必要です。大量のinputとそれを記憶する力が必要です。生まれたばかりの赤ちゃんの脳は大人の1/4の重さしかありません。脳はどんどん成長して、記憶をどんどん貯めていけます。

そうやって母語を獲得した後に、私たちは第二言語を習得しようとします。その際、母語を獲得したときと違う事情があります。ひとつは、記憶力が低下していることです。幼児期の脳の急速な発達は終わってしまっています。もうひとつが大量のinputがないことです。

中学・高校の英語の授業で触れる英語の量は、母語を習得するまでに触れる量の500分の1か1000分の1です。それでは、母語獲得のときのような「大量inputの情報整理」ができません。そのinput量で母語と同じように獲得することは「到底不可能」なのです。中高の授業で触れる英語の量のinputなら、習得までに5000年くらいかかる計算になります。幼児のときの旺盛な記憶力が仮にあったとしてもです。

ではどうすればいいのでしょうか。5000年も待てません。

母語獲得のように、大量なinputを整理して規則性を見つけていくアプローチを「ボトムアップ」と言います。
それとは逆のアプローチ、すなわち規則性を最初に入れ込むアプローチを「トップダウン」と言います。
学校で文法を学ぶのは、この「トップダウン」のアプローチです。言語学者による長年の研究によってわかってきた「規則性」を、最初に頭に入れてしまうのです。ボトムアップが「天然」なら、言ってみればトップダウンは「養殖」です。養殖場の棚を最初に作ってしまうのです。そうすれば、カテゴリー化と類推の手間が大幅に省けます。それだったら5000年はかかりません。

「名詞」「形容詞」「副詞」「自動詞」「他動詞」...さらに「完全自動詞」「不完全自動詞」「授与動詞」「使役動詞」...そんなカテゴリー分けが、学習書には書いてあります。そしてその規則性も書いてあります。それによって、自分で類推ができて、どんどん使える語句が拡張していきます。養殖棚の完成です。そうなっていれば、inputに比例した英語力がつきます。すなわち、勉強した量に比例した能力がついていきます。


第二言語習得のための学習は、特別な事情が無い限り、自習だと思います。英会話学校のレッスン時間を合計しても、たいした時間にはなりません。自習をしなければ第二言語習得はできません。英会話学校でのレッスンは、outputの機会を与えたり、刺激を与えたりする「養殖の飼料添加剤」に過ぎません。自習をして十分なinputをしなければ百年かかります。

目新しい語句が出てきたとき、英語辞典を引けばその語句のカテゴリーや特徴や使用例を知ることができます。文法がわかっていればです。辞書を引くたびに語句間のネットワークが広がり、能力が拡張していきます。文法がわかっていればです。文法の用語を知らなければ、学習書の内容は「不思議な呪文」で終わり、自習ができません。レシピ本の用語と同じです。

確かに、文法用語を知らずにできるようになるひとも、稀にいます。少ないinputでも規則性を自分で見つけられるずば抜けたセンスを持っているひとだと思います。でも、自分がそうであるかも知れないと期待するのはやめた方がいいと思います。もしそのセンスがあるなら、もっと早い時期にできるようになっていたはずで、こんな悩みは知らずに済んでいたはずだからです。

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